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[雨は遠いそらの上] 記事数:109

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常陸国総社宮へ参る

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常陸国総社宮は創建年代は不明だが、御由緒には聖武天皇の天平年間に天神地祇(すべての神々という意味)の中から特に霊験あらたかな御神六柱を勧請そして合祀し、「国家の鎮護皇室の御守護民衆の幸福を祈願」したということで、時代的には式内社に入っていてもおかしくないのだが…

ものの文献によれば「延長四年に総社を造る」とありこれが最古の記述になるそうだ。仏教に深く傾倒していた聖武天皇が「御神六柱を勧請」することの必然性に乏しい、と思うと、天皇は全国に国分寺を建てており、これに対抗するために後付けで歴史を書き加えたのかもしれない。もし延長四年創建なのだとすればその一年後に延喜式は一応の完成をみており、式内社に選ばれていないのも納得がいく(しかし境内の説明書きには「大宝令に制定された神祇官に相当する」と書かれ、また「延喜年間天神地祇の六柱の神が祀られ、六所の宮と呼ばれるに至り、さらにその後、総社の名が使用され今日に至った」とある。つまり国府の宮としての神社はもともとあり、だんだんと総社としての機能を備えていった、それをはっきりと定めたのが延長四年ということなのだろうか。また社伝では総社を建てる際に全国のうち主要な国府がまずピックアップされ、中でも「常陸国に第一創建あるべし」という勅令が出されたということで最古の総社のひとつとしている)。
そもそも総社とは国府の近くに置かれ、その国や地域の主要な神々を集め祀ったという施設で名目上は「国家鎮護皇室御守護民衆幸福祈願」ということなのだけど、実質的には国府に新しく派遣されてきた国司はその国の主要な神社に参拝して回っていたため、これを省略する意図があったと思われる。また、その土地の神社の勢力を朝廷が一括して掌握しようというねらいも当然あったのだろう。
その建前と本音の使い分け方からして政治性が顕在化したような神社であるがためかどうも他の神社と比べて温度差があるというか、神社は神様を祀るところで、権力を笠に着て威張るためのものではない!なんて野暮なことを今さら申し上げるつもりはないけれども、建前と本音が微妙に混じり合ってマーブルな空間を作り上げている神社、その建前と本音がこの神社においてはかっちりと物理的に悪い影響を及ぼしているような気がして、今ひとつ近寄りがたい印象を勝手に個人的に抱いていた。でも実際に境内に足を踏み入れてみれば何のことはない他と同じ、あるいはある点において特筆すべき神社であった。
と、毎度ながらくだらない能書きはここまでにして、のんびりと境内を散策してみることにいたしましょう。
 
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住宅が密集する中ひっそりと東向きに鳥居を構え、総社宮は鎮座しています。

鳥居をくぐって参道を歩くと右手からは子供たちの元気な声が。石岡小学校の敷地内にはかつて国府(というか国衙)があったとされる遺跡が見つかっています。
100メートルばかり進むと参道は左に折れ、南に向かいます。そしてまず見えてくるのが随神門。

江戸時代に地元の有志によって建てられたということで、茅葺きの屋根が美しい。随神門をくぐると台地の南端に広がる格好で境内です。

右手に星宮稲荷神社、厳島(愛宕合祀)神社、愛染神社、松尾神社の四つの境内社が並び、左に社務所を見ながらまっすぐ社殿にすすむと、西向きに鎮座しておられます。社殿の手前には急な石段が登ってきており、昔はこちらが参道だったそうです。旧参道は西に下りた後南へと下って鳥居を構えています。


御祭神は伊弉諾尊(イザナギノミコト)・素盞嗚尊(スサノオノミコト)・瓊々杵尊(ニニギノミコト)・大国主命(オオクニヌシノミコト)・大宮比売命(オオミヤヒメノミコト)・布瑠大神(フルノオオカミ)の六柱。社殿の南側に神武天皇遥拝所と、武甕槌命・大己貴命・少彦名命など十二柱の神を祀る十二末社があります(十二末社のほうに常陸国の主要祭神が祀られている)。
 
ひと通り参拝と見学を終え、御朱印をいただくために社務所へ行きます。すると巫女さんが対応してくれ、先に特筆すべきと申し上げましたのは、この巫女さんがまたお美しい。ついつい御由緒なんかを長々と訊いてしまったのですが、内容はもうどうでもよくって笑、見目麗しいお姿とお声にうっとりしちゃいまして、不勉強者で訊くことが無くなってしまったためにお礼を言ってその場を辞しましたが、そうでなければ一日中お話をきいてうっとりしていたことでしょう。まったく、我ながら浅ましき助兵衛根性です。ま、それはいいとして…その巫女様に書いていただいたのがインデックス写真の御朱印ですのでご覧ください。字は心をあらわすといいましょうか、またうっとりしちゃいます(左右を守護するは現代の巫女シシリー・タイソンとエリカ・バドゥです。テキトーなんであまり気にしないでください)。
 
総社宮では「石岡のおまつり」と称して9月に町をあげての大祭が行われることでも有名です。「四十台を超える山車・幌獅子が繰り出す熱気溢れる三日間!」とチラシにあります。祭りの期間中には約40万人もの見物客が訪れるということで、道路なんか人で埋め尽くされるのでしょうが、暇があれば行ってみたいですね。
また、総社宮は古くより大掾氏の篤い崇敬を受け、その大掾氏にまつわる歴史をはじめとする石岡駅周辺の史跡を巡るウォーキングコースがあります。いつもはこういうのはあまりやらないんですが、時間もあることだしためしに歩いてみました。数々の神社や寺院、石岡の古い町並みなどをのんびりと歩いて見ていくのもなかなか素敵なものです。

通りに沿って懐かしい建物が立ち並ぶ。国の文化財に登録されているものも少なくないようだ

 

金刀比羅神社では、交通安全の祈祷を行っていた

 

隅宮福徳稲荷神社

 

若宮八幡神社

 

鈴ノ宮稲荷神社のお稲荷さん。
手作りと思われる前掛けがつけられていた。この一帯には稲荷神社が多い

 

「朽ち果てない」。…切実さを感じます

 


  
  
  
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そうですね、今日は右側の女性、エリカ・バドゥの3rd「WORLD WIDE UNDERGROUND」より「back in the day(puff)」を。
ニュー・クラシック・オーガニック・ソウルの旗手として名高いエリカ・バドゥですが、2003年リリースの今作ではタイトなグルーヴとそれを生み出すエッジの効いた音色はもう少しボトムを太くすればもうヒップホップのそれ。菜食主義者の成せる業でしょうか、彼女独特の空気がそれを包み込んで非常にマイルドかついい意味で空虚。本人はクラブ・ミュージックをテーマとしたそうですが、淀みなくフローするグルーヴは夜の底へ沈んでゆくアフター・アワー・ソウル。

このベースの音色が懐かしさを呼ぶ。夜の底に手をついてじっとしてる感じだ。
 

» Tags:神社, 巫女, エリカ・バドゥ,

Trackback(0) Comments(2) by 雨|2010-05-17 23:11

▽コメント▽
Commented by yasumine 05/19 19:02

巫女さんの麗しいお姿と
お声にうっとり?
ウーム・・・実に興味深い。
本音と建前のマーブルな空間の話し
とても勉強になりました。

Commented by 雨 05/19 20:50

>とても勉強になりました
とんでもないです(汗)。相変わらず適当に書き散らす癖が抜けずに、こんな駄文を読まれていると思うと汗をかいてしまいます。
ただ、無邪気に神様の存在を信じることが出来ないこの時代(昔から信じてない人、現代でも無邪気なまでに信じてる方は多いと思いますが)に、神社をどう捉えていくのかということが問題だと思います。
あえて何を信じるかと自分が決めるのか。ということと、現代という時代に穿つ違和感のひとつの装置として。
  
えー、あんまりこういうこと言うと舌鋒鋭いフェミニストに怒られてついナスティな反論をしてしまいそうで怖いですが、
巫女さんという職業というか存在には、女性のある性質を際立たせる(神聖なと言ってもいい)何かがあるように思われます。
あまり下世話なことを言うといやらしいのですが、
この巫女さん(を演じている女性)が髪をほどくとき、オフの喋り方笑い方をするとき、あまつさえ煙草を吸うとき…その「巫女」という表層と深層の二面性が、ぼくを二重にくらくらさせるのです。つまり半分は妄想なわけですが笑、それを過剰に促すという意味においても、また二面性においても、それは女性そのものを表しているようにぼくには感じられます。
…ぼくは巫女フェチなのでしょうか。

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